Sweet glow  




気分が重苦しいのは引きはじめの風邪のせいだけはなかった。

いつもはきっちりと行っている朝練を休み、学校の授業にすらぎりぎりで登校したリョーマは

放課後の部活動にも時間ぎりぎりで現れた。

「どうしたの、おチビ、元気ないじゃない?」

「菊丸先輩。」

「今日、朝練休んだっしょ。どしたの?」

「あ、ちょっと風邪ひいたっす。」

おざなりに言い訳をしながら、先に着替えを済ませていた彼の後ろをリョーマは窺い、ためらいがちに聞く。

「あの・・・不二、先輩は?」

「不二?ああ、今日は部活休むってさ。」

「そう・・・っすか。」

予測できない事ではなかったが、リョーマはちょっとため息をついた。

「どしたの?」

「・・・フライングっす。」

「フライング〜?」

頓狂な声を上げ小首を傾げる菊丸にリョーマは肩をすくめた。

「何でもないっすよ。」

そのまま彼に背を向け、ロッカーを開ける。

そう・・・あれはフライング。

言葉に気持ちが追いつかなくて、あの人になんと伝えていいかわからなくて。

あの人の笑顔を近くで見て、声を聞いているうちに、押さえきれなくなってあの人に触れていた・・・

 

あの後、どうやって帰ったかも覚えてはいない。

気付けばあの人が貸してくれた傘とタオルが手元に残っていた。

握りしめたあの人の手の温もりと、唇の感触と共に。

 

伝えたかったのは2年前に自分達が会っていた事ではなかった。

会わない間、ずっと憧れつづけてきた気持ち。会いたかった気持ち。その間に育った気持ち。

・・・そしてそれとともにずっと胸のうちに培われてきた言葉。

 

「・・・フライングじゃないかもよ。」

「え?」

その言葉に振り返ると菊丸が笑ってリョーマを見ていた。

「・・・いい事教えてあげよっか、きっと元気でるよ?」

「いい事?」

「そ。聞くも涙々の話だよ。」

そうおどけたように菊丸は言う。

「今から一年位前かな?・・・不二の奴ちょっとしたいざこざ抱えてさ、けっこ精神的に参ってたんだよね。口数も少なくなって、おまけにやせちゃってさ。で、それ、テニスが原因の事だったからこのままいったらテニスも止めかねない、そう思って何とか不二の気持ちを引き立ててやりたくて、不二と話したことがあるんだよね。そしたらね、こう言ったんだ。自分は今テニスを止める訳にはいかない。会いたい人がいるから・・・ってさ。」

菊丸はくすり、と笑う。

「どんなコ、って聞いたら、名前も知らないし、そのコのプレイするところすらみたことがないんだって。ただ1年くらい前に運動場の片隅で一度だけ話した事がある。それだけでさ。」

「え・・・?」

どきり、リョーマの心臓の音が高くなる。

「まるで雲を掴むような話じゃない?何処の誰ともわからない人に会いたいだなんて。でも不二は信じてた。テニスでトップにいればそのコに会えるって。」

まるでおとぎ話じゃない?と菊丸は続ける。

「・・・思うにずっと不二はそのコのこと思ってきたんだよ。会った瞬間、言葉もかけられないくらい。ずっと深く。」

リョーマがはっとしたように菊丸を見る。

 

何であの人を心の何処かで思いつづけていたのか。

どうしてあんな気持ちに捕らわれたのか。

とっくにわかっていたのに伝えられなかった気持ち。

もしかして、あの人も・・・同じ?

・・・だったとしたら・・・?

 

「伝えなきゃ伝わらない気持ちだってある。」

菊丸がいつになく優しい声でリョーマに語りかける。

「いいにせよ、悪いにせよ、もう解放してあげなよ、不二を・・・そしてキミも。」

それが王子様の役目じゃない?と菊丸が片目をつぶる。

「先輩!あの・・・」

「たぶん、あそこだと思うな。なんかあると不二はあそこに行っていたからな。王子様なら知ってるはずの場所。」

菊丸がちょっと笑って、リョーマの言葉を先回りする。

「行く?」

その言葉を待たず、ロッカーの扉を勢いよく閉め、リョーマは走り出した。

 伝えたい、あの言葉を。それしか頭になくて。

たとえあの人が自分と違う感情で見ていたとしても自分はもう引き下がらない。

出口を見つけた気持ちを伝えるまでは・・・

 

「何処へ行くんだ?」

クラブハウスを飛び出し、そのまま走り出そうとしたリョーマはその声にはっとして足を止める。

「・・・部長」

巡らした視線の先に、その長身をフェンスにもたせかけた手塚の姿があった。

まるで自分の行く手を阻むかのように立つその姿にリョーマは目を見開くが、そのまま手塚をまっすぐに見据えた。

手塚は黙ったままそんなリョーマの視線を受け止める。

「いいから行ったら?越前?」

背後から菊丸の言葉が聞こえた。

「訳は話さなくても・・・多分知ってるから。」

その言葉に思わずリョーマが振り返ると、菊丸は頷く。

「不二によろしくね。」

「・・・うす。」

手塚の脇を抜ける時、軽くリョーマは頭を下げたが、手塚はリョーマに視線をくれず、まっすぐ前を見据えたままだった。

 

「英二、校庭10周。」

後輩がその場を駆け抜けた後、手塚は軽いため息をつきそう言った。

「それって部活サボるようにそそのかした幇助罪ってやつ?」

菊丸は肩をすくめ、笑いながら言う。

「でも手塚も同罪だからね。」

ちょっと目を見開いた手塚に菊丸が言う。

「サボるようにそそのかす奴と、サボるのを見逃す奴って同罪じゃない?」

「・・・・・」

「でもカッコいいよ部長!マジ見直した。」

眉をひそめる手塚に、そう言いながらくすくす笑って菊丸が手塚の手にじゃれるようにしがみつく。

「そんなこと言っても、ランニングは減らんぞ。」

「わかってま。部長と走るなら光栄!」

「・・・あくまで俺を巻き込む気か。」

やれやれ、と手塚は肩をすくめる。

「いつから知っていた?」

「あん?」

「不二と越前の事だ。」

「いつからって・・・最初っから。」

菊丸はちょっと笑う。

「不二とあのコが初めて部で顔合わせた時の雰囲気からすればわかるよ。あのコが不二を見た時の顔もそうだけど、不二があのコの顔を見た時の表情ったら・・・」

上手く隠したつもりらしいけどばっちり見ちゃったもんね、と菊丸がくすくすと笑う。

「後は不二の昔話を思い出したらピースが揃ったって訳。・・・でも、それを知らなくても気付いたとは思うけど。」

菊丸は手塚を見ると小首を傾げ、優しく微笑する。

「手塚も知ってたよね、あの話。で、結構前から気付いてたんでしょ?・・・二人の事。」

「・・・・・」

「・・・ホント、かっこいいよ。手塚。」

菊丸がくすり、と笑うと、手塚の前に立って走り出す。

「ささ、急ごう。テニスが僕らを待っている!」

手塚は苦笑し、同時に彼の気遣いに感謝する。

“知らなければ前に進めない”

本当の事を見つけた時には遅すぎて、ただ後悔の役にしか立たなくても、自分は前に進む道を選ぶ。

手塚はその冴えた瞳を宙に踊らす。

空は澄み切った青色をたたえ、美しかった。

 

 

平日の午後だけあって運動場は閑散としていた。

活気溢れるコートをいつも見慣れている目には、そのがらんとしているさまはいかにも寂しげに見える。でも、今日ばかりはその静寂が心地よかった。

「しばらくぶりだな」

Cコートのフェンス前で足を止め、不二は呟き、目を細める。

ここであのコと・・・越前リョーマと会った。

その日の事を多分自分は忘れる事はないだろう。

眩しい日の光にも似たあの少年を見た時の瞬間を。

 

探す術のない彼を忘れられなかったのは何故だったのか?

辛かった時、その僅かな思い出を支えにしてきたのはどうしてだったのか?

不二は深くため息をつき、その指をそっと唇に触れる。

その彼に会って、言葉を交わし、触れられて、押し込めようとしていた隠しようのない自分の気持ちに気付く。

 

・・・自分はあのコに・・・彼に恋をしている。もうずっと長く、深く・・・

 

人の気配に顔を上げると、そこに彼がいた。

軽く息を切らし、自分を見ているその眩しい光を息を呑んで見つめる。

「越・・・前。」

「やっぱ、ここでしたね。」

うっすらと汗をかいた額にこぼれた前髪をかきあげながら、彼、リョーマが自分を見上げていた。

「どうしてここ・・・に?」

「昨日借りたタオルと傘を返しに、そして」

一呼吸置いてリョーマが不二の目をまっすぐに見る。

「言いたいことがあって。」

「聞きたい事の次は言いたい事?」

不二がくすり、と笑う。

「聞きたい事の方はもういいの?」

リョーマはそれには答えず、そのまま不二と肩を並べて立ち、Cコートを見つめる。

「ここで、あんたと会った。」

その言葉に不二ははっとしたようにリョーマを見、ゆっくりと微笑する。

「・・・そう、もう2年前になるのかな?」

その言葉に今度はリョーマがちょっと笑った。

「覚えてたんっすね。」

「・・・忘れられなかっただけだよ。」

不二はコートから吹く風に髪を預け、空を見上げる。

「キミがいた事。キミの視線。その他、キミに関する事何もかも。」

青く澄み渡った空。何処までも広くて青くて。

その美しさに目を細める不二は、そのまま空に透けてしまいそうなほど綺麗で、リョーマは胸が痛くなる。

「また会えて嬉しいよ、越前。」

そう言って綺麗に笑う不二の目をリョーマはまっすぐに見上げた。

「オレ、先輩が・・・あんたが好き。」

その瞳を見つめながら、ゆっくりと、でも、はっきりとリョーマは言った。

「越前・・・」

彼の瞳を受け止める不二の双眸がふっと揺れる。

「言うのが遅れてゴメン。でも、ずっと言いたかった。」

リョーマがゆっくりと不二に距離を寄せる。

「会った時からずっとあんたの事見て、そして考えていた・・・ずっと・・・」

自然にその腕を引き寄せられ、不二は自分よりずっと小柄なこの少年に抱き締められる。

「あんたが・・・好き。」

優しい囁きにそっとその瞳を閉じ、不二はその力強く柔らかい抱擁に身を持たせかけ、囁き返す。

「・・・やっと、会えた・・・」

不二の両手がリョーマの背中にゆっくりと回る。

「会いたかった・・・」

 

2度目に交わしたキスは優しく、そして甘かった・・・

 

 

「で、越前、部活はどうしたの?」

日の落ちかけた運動場をふたり肩を並べて歩きながら不二はリョーマに尋ねる。

「サボりっす。」

「あらら。」

こともなげにそう言ってのけるリョーマに不二はくすくすと笑う。

「手塚が知ったら大変だ。」

「大丈夫っす、部長の公認ですから。」

「え?手塚の?」

驚いたように目を見張る不二。

「キミは手塚になんて言って出てきたの?」

「菊丸先輩がとりなしてくれたっす。」

「英二が?」

「先輩によろしくっていってました。」

「・・・もう。」

不二は苦笑し、軽いため息をつく。

やっぱり気付いてたんだな、英二も。

今朝、自分を見た時から何か考えている様子だとは思っていたが、まさかこんな事を考えていたなんて。

見た目や行動よりもずっと繊細で鋭い事は知っていたけれど・・・と不二は苦笑する。

「あ、ちょっと待って。」

リョーマが思い出したように声を上げ、今しがた通り過ぎてきた道を引き返す。

「どうしたの?」

「忘れものっす。」

「?」

駐輪場に駆け込むと彼は程なく1台の自転車を引きずり出してきた。

「・・・あ、それ、昨日の・・・?」

「今日、修理に出そうと思って持ってきてたんっす。」

籠はゆがみ、ハンドルはあさっての方向を向いたままになっている、いささか情けない格好の自転車に不二は目を見張る。

「もしかして、キミ、これでここに・・・来たの?」

「仕方ないっしょ?ここまでの交通手段知らないっすから。」

むちゃくちゃカッコ悪かったっす、そう言って肩をすくめ口を尖らすリョーマに、不二は笑って、小首を傾げる。

「でもよくここの来方がわかったね?英二に聞いたの?」 

「・・・自転車では、たまに来てたから。」

「え?」

その言葉に不二は目を見開く。

「もしかして・・・僕を探しに?」

  「・・・悪いっすか?」

ぶっきらぼうにそう言うリョーマに不二は目を細める。

  「ううん、嬉しいよ。」

素直な言葉が口から出ていた。その言葉にリョーマがはっとしたように振り返る。

 「ありがとう、越前。」

そう言って自分を見つめて綺麗に笑う不二にリョーマは表情を改めた。

「・・・そう言えばまだ聞かせてもらってないっす。」

「?」

「先輩の返事。」

自分に向き直り、まるで睨むように真剣に自分を見る彼。

「聞きたい?」

そんなリョーマに不二は柔らかく笑うと、

「いいよ。その代わり送ってくれたらね。」

そう言って自転車を指差す。

「え?これで??」

「そう、これで。」

「カッコ悪いっすよ。」

「いいから。」

リョーマは軽くため息をつくとその自転車にまたがる。

と、後ろの席に座った不二の手がふわり、とリョーマの目を目隠しした。

「!」

「・・・好きだよ。」

リョーマの目を覆いながら、耳元で囁くような声でそう不二が呟いた。

「・・・キミが好き・・・」

2年分の思いを込めてゆっくりと噛み締めるように言うと、不二はリョーマの髪にそっと額を当ててもう一度呟く。

彼と巡り会えた運命、そしてまた再び会えた奇跡を天に感謝して・・・

 

「せんぱ・・・」

された時と同様にゆっくり離れた目隠しに、振り返ろうとしたリョーマの顔は不二の両手で正面へと向けられた。

「さ、出発。今度こそ安全運転でね?」

くすくす笑う声はもういつもの聞きなれた不二の声だ。

「振り返っちゃダメっすか?」

「ダメ」

にべのない言葉にリョーマはむくれ、肩をすくめる。

「・・・じゃあ。」

「?」

後ろに差し出された彼の左手。それに戸惑っているとリョーマが不二の手を掴んだ。

「・・・これくらい、いいっしょ?」

言いながらその手をぐっと握り締めてくる。

「・・・そうだね。」

不二はその指に自分の指を絡め、握り返す。

 

帰り道、がたがたと激しく揺れるその自転車に2人はその手を固く握ったまま声を上げてはしゃいだ・・・

 

光を捕まえた。

 

笑顔を捕まえた。

 

その嬉しさに・・・

 

                                                      Fin




この話を書いたのはもう5年くらい前になるんでしょうか、その頃は同人からも書くことからも遠ざかっていたのですが、ある方に請われ、好奇心から原作も知らないままに書いたのがこの話でした。この話を書いた頃は次のSweet sorrow と二人の初エッチ、そして二人の未来と別れの4作ほどを書いたら止めよう・・・と思っていたのですが;;;
全く何も知らないままに書いたので全くあらだらけで本当に拙いですが、そういった意味では思い出の作品です。ご精読ありがとうございました。